黙ってよう……お夏さんが火を取りに下に降りると、私は窓に凭れて、しみじみ大きいあくびをした。[#地から2字上げ]――一九二六――
[#改ページ]
百面相
四月×目
地球よパンパンとまっぷたつに割れてしまえ! と怒鳴ったところで、私は一匹の烏猫、世間様は横目で、お静かにお静かにとおっしゃる。
又いつもの淋しい朝の寝覚め、薄い壁に掛った、黒い洋傘を見ていると、色んな形に見えて来る。
今日も亦此男は、ほがらかな桜の小道を、我々プロレタリアートよなんて、若い女優と手を組んで、芝居のせりふを云いあいながら行く事であろう。
私はじっと脊を向けて寝ている男の髪の毛を見ていた。
あゝこのまゝ蒲団の口が締って、出られないようにしたら……。
――やい白状しろ!――なんて、こいつにピストルでも突きつけたら、此男は鼠のようにキリキリ舞いしてしまうだろう。
お前は高が芝居者じゃあないか。インテリゲンチャのたいこもちになって、我々同志よ! もみっともない。
私はもうお前にはあいそ[#「あいそ」に傍点]がつきてしまった。
お前さんのその黒い鞄には、二千円の貯金帳と、恋文が出たがって
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