中の女を愛してやったろうに……沈黙った女は花のように匂いを遠くまで運んで来るものだ。
 泪のにじんだ目をとじて、まぼしい灯に私は額をそむけた。

 一月×日
 朝の芋がゆ[#「がゆ」に傍点]にも馴れてしまった。
 東京で吸う、赤い味噌汁はいゝな、里芋のコロコロしたのを薄く切って、小松菜と一緒にたいた味噌汁はいゝな。荒巻き鮭の一片一片を身をはがして食べるのも甘味い。
 大根の切り口みたいなお天陽様ばかり見ていると、塩辛いおかずでもそえて、甘味しい茶漬けでも食べてみたいと、事務を取っている私の空想は、何もかも淡々しく子供っぽくなって来る。

 雪の頃になると、いつも私は足指に霜やけが出来て困った。
 夕方、荷箱をうんと積んである蔭で、私は人にかくれて思い切り足をかいた。赤く指がほてって、コロコロにふくれあがると、針でも突きさしてやりたい程切なくて仕様がなかった。
「ホウ……えらい霜やけやなあ。」
 番頭の兼吉さんが驚いたように覗いていた。
「霜やけやったら、煙管でさすったら一番や。」
 若い番頭さんは元気よくすぽんと煙草入れの筒を抜くと、何度もスパスパ吸っては火ぶくれたような赤い私の足指を
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