た。
「あいば[#「あいば」に傍点]見ると、食べられんのう……。」
雲の上にぶらさがってあの牛は、二三日の内に屠殺されて、紫の印を押される事を考えているのか知ら……それとも故郷の事を、友達の事を……。
視野を下に降ろすと、古綿のような牛の群が、甲板の檻の中で唸っている。
鰯雲が、かたくりのように筋を引くと、牛の群も去り起重機も腕を降ろして夕べの月仄かな海の上に、もう二ツ三ツおしょうろ[#「おしょうろ」に傍点]船が流れていた。
火を燃やしながら、美し紙船が、涯木を離れて沖へ出た。
港には古風な伝馬が密集している。火の紙船が、月の様に流れ行く。
「牛を食ったり、おしょうろ[#「おしょうろ」に傍点]を流したり、人間も矛盾が多いんですねお母さん。」
「そら人間だもん……。」
古里はいゝナ――
[#改ページ]
寝床のない女
二月×日
黄水仙の花には、何か思い出がある。
窓をあけると、隣の家の座敷に灯がついて、黒い卓子《テーブル》の上に黄水仙が猫のように見えた。
階下の台所から、夕方の美味《うま》そうな匂いと音がする。
二日も飯を食えないジンジンする体を、三畳の部
前へ
次へ
全228ページ中203ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング