[#ここで字下げ終わり]
かつて好きだった歌ほれぼれ涙におぼれて、私の体と心は遠い遠い地の果にずッ……とあとしざりしだした。
そろそろ時計のねじがゆるみ出すと、れいの月はおぼろに白魚の[#「月はおぼろに白魚の」に傍点]声色屋のこまちゃくれた子供が、
「ねえ旦那! おぼしめしで……ねえ旦那おぼしめしで……。」
もうそんな影のうすい不具なんか出してしまいなさい!
何だかそんな可憐な子供達のさゝくれたお白粉の濃い顔を見ていると、たまらない程、私も誰かにすがりつきたくなった。
十一月×日
奥で三度三度御飯を食べると、きげんが悪いし、と云って客におごらせる事は大きらいだ。
二時がカンバン[#「カンバン」に傍点]だって云っても、遊廓がえりの客がたてこむと、夜明までも知らん顔をして主人はのれんを引っこめようともしない。
コンクリートのゆかが、妙にビンビンして動脈がみんな凍ってしまいそうに肌が粟立ってくる。
酢っぱい酒の匂いがムンムンして焦々する。
「厭になってしまうわ……。」
初ちゃんは袖をビールでビタビタにしたのをしぼりながら、呆然とつっ立っていた。
「ビール!」
もう四
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