いお山の閑古鳥。
何か書きたい。何か読みたい。ひやひやとした風が蚊帳の裾を吹く、十二時だ。
十月×日
少しばかりのお小遣いが貯ったので、久し振りに日本髪に結う。
日本髪はいゝな、キリヽと元結いを締めてもらうと眉毛が引きしまって、たっぷりと水を含ませた鬢出しで前髪をかき上げると、ふっさりと額に垂れて、違った人のように美しくなる。
鏡に色目をつかったって、鏡が惚れてくれるばかり。日本髪は女らしいね、こんなに綺麗に髪が結べた日にゃあ、何処かい行きたい。汽車に乗って遠くい遠くい行きたい。
隣の本屋で銀貨を一円札に替えてもらって故里のお母さんの手紙の中に入れてやった。喜ぶだろう。
手紙の中からお札が出て来る事は私でも嬉しいもの……。
ドラ焼きを買って皆と食べた。
今日はひどい嵐、雨が降る。
こんな日は淋しい。足がガラスのように固く冷える。
十月×日
静かな晩だ。
「お前どこだね国は?」
金庫の前に寝ている年取った主人が、此間来た俊ちゃんに話かける。寝ながら他人の話を聞くのも面白い。
「私でしか[#「私でしか」に傍点]……樺太です。豊原って御存知でしか[#「でしか」に
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