もっと早く!
 たまに自動車になんて乗れば、女王様のようにいゝ気持ち。町にパッパッと灯がつきそめる。
「どこへ行く?」
「どこだっていゝわ、ガソリンが切れるまで走ってよ。」
 運転台の松さんの頭が少し禿げかけている。若禿げかな。

 午後からの公休日を所在なく消していると、自分で自動車を持っている運転手の松さんが、自動車に乗せてくれると云う。
 たなし[#「たなし」に傍点]まで来ると、赤土へ自動車《くるま》がこね上って、雨のざんざ降りの漠々とした櫟の小道に、自動車《くるま》はピッタリ止ってしまった。遠くの眉程な山裾に、キラキラ灯がついているきりで、ざんざ降りの雨に、ゴロゴロ地鳴りのように雷が光りだした。雷が鳴るとせいせいしていゝ気持ちだが、シボレーの古自動車なので、雨がガラス窓に叩かれるたび、霧のようなしぶきが車室にはいる。
 その、たそがれの櫟の小道、自転車が一台通ったきりで、雨の怒号と、雷のネオン、サインだ。
「こんな雨じァ道へ出る事も出来ないわね。」
 松つぁんは沈黙って煙草を吸っている。
 だが、こんな善良そうな男に、こんな芝居よりもうまうまとしたコンタンはあり得ない。

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