れなかった。
「此辺に宿屋ありませんか!」
この砂浜にたった一人の人間である、この可憐な少女に私は呼びかけた。
「私のうち宿屋ではないげ、よかったらお泊りなさい。」
何と不安もなく、その娘は、漠々とした風景の中のたった一ツの赤い唇に、うすむらさきの、なぎなた[#「なぎなた」に傍点]ほうずきを、クリイ、クリイ鳴らしながら、私を連れて後へ引返してくれた。
日在浜のはずれ、丁度長者町にかゝった、砂浜の小さな破船のような茶屋である。
此茶屋の老夫婦は、気持ちよく風呂をわかしてくれたりした。
こんな延々と、自然のまゝの姿で生きていられる世界もある。
私は、都のあの荒れた酒場の空気を思い出すさえおそろしく思った。天井には、何の魚の尻尾か、かさかさに乾いたのが張りつけてある。
此部屋の灯も暗らければ、此旅の女の心も暗い。
何もかも事足りなくて、あんなに憧憬れていた裏日本の秋も見る事が出来なかったが、此外房州は、裏日本よりも大まかな気がする。市振から親不知へかけての民家の屋根に、沢庵石のようなものが、ゴロゴロ置いてあったのや、線路の上まで、白いしぶきのかゝるあの蒼茫たる風景、崩れた崖
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