人絹がまざっているのでござります。他人が肩に手をかけたように、スイスイと肌に風が通りますよ。
十二月×日
朝の寝床の中で、まず煙草をくゆらす事は淋しがりやの女にとって此上もないよきなぐさめ、ゆらりゆらり輪をかいて浮いてゆくむらさき色のけむりはいゝ。お天陽様の光りを頭いっぱいあびて、さて今日はいゝ事がありますように。
赤だの黒だの桃色だの黄いろだの疲れた着物を三畳の部屋いっぱいぬぎちらして、女一人のきやすさに、うつらうつら私はひだまりの亀の子。
カフェーだの牛屋だのめんどくさい事より、いっそ屋台でも出しておでん屋でもしようか。誰が笑おうと彼が悪口を云おうと、赤い尻からげで、あら、えっさっさだ! 一ツ屋台でも出して何とか此年のけじめをつけよう。
コンニャク、いゝね厚く切ってピンとくいちぎって見たい……がんもどき竹輪につみれ、辛子のひりゝッとした奴に、口にふくむような酒をつかって、青々としたほうれん草のひたしか……元気を出そう。
或ところまで来るとペッチャンコにくずれてしまう、たとえそれがつまらない事だっても、そんな事の空想は、子供のようにうれしくなる。
貧乏な父や母にすがるわけにもゆかないし、と云って転々と動いたところで、月に本が一二冊買えるきり、わけもなく飲んで食って通ってしまう。三畳の間をかりて最少限度の生活はしていても貯えもかぼそくなってしまった。
こんなに生活方針がたゝなく真暗闇になると、泥棒にでもはいりたくなる。
だが目が近いのでいっぺんにつかまってしまう事を思うと、ふいとおかしくなって、冷い壁にカラカラと私の笑いがはねかえる。
何とかして金がほしい……私の濁った錯覚は他愛もなく夢におぼれて、夕方までぐっすりねむってしまった。
十二月×日
お君さんが誘いに来て、二人は又何かいゝ商売をみつけようと、小さい新聞の切抜きをもって、私達は横浜行きの省線に乗った。
今まで働いていたカフェーが淋びれると、お君さんも一緒にそこを止めてしまって、お君さんは、長い事板橋の御亭主のとこへ帰っていた。
お君さんの御亭主はお君さんより卅あまりも年が上で、始め板橋のその家へたずねて行った時、私はお君さんのお父つぁんかと思った。お君さんの養母やお君さんの子供や何だかごたごたしたその家庭は、めんどくさがりやの私にはちょいとわかりかねた。
お君さんもそんな事はだまっている。
私もそんな事を聞くのは腹がいたくなる。二人共だまって、電車から降りると、青い青い海を見はらしながら丘へ出た。
「久し振りよ海は……。」
「寒いけど……いゝわね海は……。」
「いゝとも、こんなに男らしい海を見ると、裸になって飛びこんでみたいね。まるで青い色がとけてるようじゃないか。」
「ほんと! おっかないわ……」
ネクタイをひらひらさせた二人の西洋人が、雁木に腰をかけて波の荒い風景にみいっていた。
「ホテルってあすこよ!」
目のはやい君ちゃんがみつけたのは、白いあひるの小屋のような小さな酒場だった。二階の歪んだ窓には汚点だらけな毛布が青い太陽にてらされて、いいようのない幻滅だった。
「かえろう!」
「ホテルってこんなの……。」
朱色の着物を着た可愛らしい女が、ホテルのポーチで黒い犬をあやして一人でキャッキャッ笑っていた。
「がっかりした……。」
二人共又おしだまって向うの向うの寒い茫々とした海を見た。
鳥になりたい。
小さいカバンでもさげて旅をするといゝだろう……君ちゃんの日本風なひさし髪が風にあれて、雪の降る日の柳のようにいじらしく見えた。
十二月×日
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風が鳴る白い空だ
冬のステキに冷い海だ
狂人だってキリキリ舞いをして
目のさめそうな大海原だ
四国まで一本筋の航路だ
毛布が二十銭お菓子が十銭
三等客室はくたばりかけたどじょう鍋のように
ものすごいフットウだ
しぶきだ雨のようなしぶきだ
みはるかす白い空を眺め
十一銭在中の財布を握っていた。
あゝバットでも吸いたい
オオ! と叫んでも
風が吹き消して行くよ
白い大空に
私に酢を呑ませた男の顔が
あんなに大きく、あんなに大きく
あゝやっぱり淋しい一人旅だ!
[#ここで字下げ終わり]
腹の底をゆするような、ボオウ! ボオウ! と鳴る蒸汽の音に、鉛色によどんだ小さな渦巻が幾つか海のあなたに、一ツ一ツ消えて唸りをふくんだ冷い十二月の風が、乱れた私の銀杏返しの鬢を、ペッシャンと頬っぺたにくっつけるように吹いてゆく。
八ツ口に両手を入れて、じっと自分の乳房をおさえていると、冷い乳首の感触が、わけもなく甘っぽく涙をさそってくる。
――あゝ、何もかにもに負けてしまった!
東京を遠く離れて、青い海の上をつっぱしっていると、色々に交渉のあっ
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