#「しゃぼん」に傍点]の泡のように白いものずくめ、薄いものずくめだ。
閑散な、お上品なこんな貿易店で、日給八拾銭の私は売り子の人形、だが人形にしては汚なすぎるし、腹が減りすぎる。
「あんたのように、そう本ばかり読んでも困る、お客様が見えたら、おあいそ位云って下さい。」
酔っぱいものを食べた後のように歯がじん[#「じん」に傍点]と浮いた。
本を読んでいるんじゃないんです。こんな婦人雑誌なんか、私の髪の毛でもありはしない、硝子のピカピカ光っている面を一寸覗いて御覧下さい。水色の事務服と浴衣が、バックと役者がピッタリしないように、何とまあおどけた厭な姿……。
顔は女給風で、それも海近い田舎から出て来たあぶら[#「あぶら」に傍点]のギラギラ浮いた顔、姿が女中風で、それも山国から来たコロコロした姿、そんな野性な一本の木が、胸にレースを波たゝせた水色の事務服を着ているのです。
ドミエの漫画! 何とコッケイな、何とちぐはぐな鶏《にわとり》の姿!
マダム・レースや、ミスター・ワイシャツや、マドモアゼル・ハンカチの衆愚に、こんな姿をさらすのが厭なのです。
それに、サーヴィスが下手だとおっしゃる貴方の目が、いつ私をくびきる[#「くびきる」に傍点]かも判らないし、なるべく、私と云う売り子に関心を持たれないように、私は下ばかりむいているのです。
あまりに長いニンタイ[#「ニンタイ」に傍点]は、あまりに大きい疲れを植えて、私はめだたない人間にめだたない人間に訓練されて来たのです。
あの男は、お前こそめだつ人間になって闘争しなくちゃ嘘だと云うのです。
あの女は、貴女はいつまでもルンペンでいけないと云うのです。
そして、勇カンに戦かっているべき、彼も彼女も……。
彼いっこ[#「いっこ」に傍点]の白き手のインテリゲンチャ!
彼女いっこ[#「いっこ」に傍点]のブルジョワ夫人!
仲間同志で嫉妬に燃えています。
彼や彼女達が、プロレタリヤを食い物にして、強権者になる日の事を考えると、宇宙はどこが果てなんだろうと考えるし、人生の旅愁を感じる。
歴史は常に新らしく生きる――。そこで磨れ[#「磨れ」に傍点]ば燃えるマッチがうらやましくなった。
夜――九時。
省線を降りると、道が暗いので、ハーモニカを吹き吹き帰える。
詩よりも小説よりも、こんな単純な音だけど音楽はいゝナ。
七月×日
青山の貿易店も高架線のかなた。二週間の労働賃金拾壱円也、東京での生活線なんてよく切れたがるものだなア。
隣りのシンガーミシンの生徒? さんが、歯をきざむように、ギイギイ……しっきりなしにミシンのペタルを押している。
毎日の生活断片をよく寝言にうったえる[#「うったえる」に傍点]秋田の娘さん。
古里から拾五円ずつ送金してもらって、あとはミシンでどうやら稼いでいる、縁遠そうな娘さん、いゝ人だ。
彼に紹介状もらって、××女性新聞社に行く。本郷の追分で降りて、ブリキの塀をくねくね曲ると、緑のペンキの脱落《はげ》た、おそろしく頭でっかち[#「でっかち」に傍点]な三階建の下宿屋の軒に、蛍程な社名が出ていた。
まるで心天《ところてん》を流すよりも安々と女記者になりすました私は、汚れた緑のペンキも最早何でもなく思った。
昼。
下宿の中食をもらって舌つゞみ打つと、女記者になって二三時間もたゝない私は、鉛筆と原稿紙をもらって談話取りだ。
四畳半に厖大な事務机が一ツ、薄色の眼鏡をかけた社長と、××女性新聞発行人の社員が一人、私を入れて三人の××女性新聞。チャチなものだ。又、生活線が切れるんじゃないかと思ったが、兎に角私は街に出た。
訪問先きは秋田雨雀氏のところ――。
此頃の御感想は……私は此言葉を胸にくりかえしながら、雑司ヶ谷の墓地を抜けて、鬼子母神のそばで番地をさがす。
本郷の混々《ごみごみ》した所から此辺に来ると、何故か落ちついた気がする。二三年前の五月頃、漱石の墓にお参りした事もあったが……。
秋田氏は風邪を引いていると云って鼻をかみかみ出ていらっした。
まるで少年のようにキラキラした瞳、非常にエキゾチックな感じの人だ。お嬢さんは千代子さんとか云って、初めて行った私を拾年のお友達かのように話して下すった。
厚いアルバムが出ると、一枚一枚繰って説明をして下さる。此役者は誰、此女優は誰、その中には別れた男のプロフィルもあった。
「女優ってどんなのが好きですか、日本では……。」
「私判らないけど、夏川静江なんか好きだわ。」
私はいまだかつて、私をこんなに優さしく遇してくれた女の人を知らない。
二階の秋田さんの部屋には黒い牛の置物があった。高村さんの作で、有島さんが持っていらっしたとか、部屋は実に雑然と、古本屋の観があった。
談話取
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