下宿へ行く。
「二人」と云う詩のパンフレットが出来ている筈だったので元気で坂をかけ上った。
窓の青いカーテンをそっとめくって、いつものように窓へ凭れて静栄さんと話をした。この人はいつ見ても若い。房々とした断髪をかしげて、色っぽい瞳をサンゼンと輝やかす。
夕方、静栄さんと二人、印刷屋へパンフレットを取りに行く。八頁だけど、まるで果実のように新鮮で、好ましかった。
帰えり南天堂によって、皆に一部ずゝ[#「一部ずゝ」はママ]送る。
働いて、此パンフレットを長く続かせたい。
冷いコーヒーを呑んでいる肩を叩いて、辻潤さんが、鉢巻をゆるめながら、賛詞をあびせてくれた。
「とてもいゝものを出しましたね、お続けなさいよ。」
漂々たる酒人辻潤さんの酔体に微笑を送り、私も静栄さんも元気に外へ出た。
六月×日
種まく人たちが、今度文芸戦線と云う雑誌を出すからと云うので、私はセルロイド玩具の色塗りに通っていた、小さな工場の事を詩にして、「工女の唄へる」と云うのを出しておいた。今日は都新聞に別れた男への私の詩が載っていた。もうこんな詩なんて止めよう、くだらない。もっともっと勉強して、生のいゝ私の詩を書こう。
夕方から銀座の松月へ行く、ドンの詩の展覧会、私の下手な字が、麗々しく先頭をかざっている。橋爪氏に会う。
六月×日
雨がザ…………葉っぱに当っている。
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陽春二三月 楊柳斉作[#レ]花
春風一夜入[#二]閨闥[#一] 楊花飄蕩落[#二]南家[#一]
含[#レ]情出[#レ]戸脚無[#レ]力 拾[#二]得楊花[#一]涙沾[#レ]臆
秋去春来双燕子 願銜[#二]楊花[#一]入[#二]※[#「穴かんむり/樔のつくり」、第4水準2−83−21]裏[#一][#「※[#「穴かんむり/樔のつくり」、第4水準2−83−21]裏」はママ]
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灯の下に横座りになりながら、白花を恋した霊太后の詩を読んでいると、つくづく旅が恋いしくなった。
五十里さんは引っ越して来てから、いつも帰えりは、夜更けの一時過ぎ、下の人は務め人なので、九時頃には寝てしまう。
時々田端の駅を通過する電車や汽車の音が汐鳴りのように聞える丈で、山住いのような静かさだ。
つくづく一人が淋しくなった。
楊白花のように美しい男が欲しくなった。
本を伏せると、焦々し
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