なった。
だが、男の人は嘘つきが多いな。
金を貯めて呑気な旅でもしよう。
――此秋ちゃんについては面白い話がある。
秋ちゃんは大変言葉が美しいので、昼間の三十銭の定食組みの大学生達は、マーガレットのようにカンゲイ[#「カンゲイ」に傍点]した。
十九で処女で、大学生が好き。
私は皆の後から秋ちゃんのたくみに動く瞳を見ていた。目の縁の黒ずんだそして生活に疲れた衿首の皺を見ていると、けっして十九の女の持つ若さではなかった。
其の来た晩に、皆で風呂にはいる時、秋ちゃんは佗しそうにしょんぼり廊下の隅に立っていた。
「おい! 秋ちゃん、風呂へはいって汗を流さないと体がくさってしまうよ。」
お計さんはキュキュ歯ブラシを使いながら大声で呼びたてた。
やがて秋ちゃんは手拭で胸を隠すと、そっと二坪ばかりの風呂場へはいって来た。
「お前さん! 赤ん坊を生んだ事があるだろう……。」
――庭は一面に真白だ!
お前忘れやしないだろうね、リューバ? ほら、あの長い並木道が、まるで延ばした帯革のように、何処までも真直ぐに続いて、月夜の晩にはキラキラ光る。
お前覚えているだろう? 忘れやしないだろう?
――…………
――そうだよ。此桜の園まで借金のかたに売られてしまうのだからね、どうも不思議だと云って見た処で仕方がない……。
と、桜の園のガーエフの独白を別れたあの男はよく云っていた。
私は何だか塩っぽい追憶に耽って、歪んだガラス窓の白々とした月を見ていた時だった。
お計さんの癇高い声に驚いてお秋さんを見た。
「えゝ私ね、二ツになる男の子があるのよ。」
秋ちゃんは何のためらいもなく、乳房を開いてドポン! と湯煙をあげた。
「うふ……私処女よ、もおかしいものだね。私しゃお前さんが来た時から睨んでいたよ。だがお前さんだって何か悲しい事情があって来たんだろうに、亭主はどうしたの。」
「肺が悪るくて、赤ん坊と家にいるのよ。」
不幸な女が、あそこにもこゝにもうろうろしている。
「あら! 私も子供を持った事があるのよ。」
肥ってモデルのようにしなしなした手足を洗っていた俊ちゃんがトンキョウに叫んだ。
「私のは三日めでおろして[#「おろして」に傍点]しまったのよ。だって癪にさわったからさホッホ……。私は豊原の町中で誰も知らない者がない程華美な暮しをしていたのよ、私がお嫁
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