つ嘲笑ってやれ

風よ!
富士はヒワヒワとした大悲殿だ
ビュン、ビュン吹きまくれ
富士山は日本のイメージーだ
スフィンクスだ
夢の濃いノスタルジヤだ
魔の住む大悲殿だ。

富士を見ろ!
富士山を見ろ!
北斎の描いたかつてのお前の姿の中に
若々しいお前の火花を見たが…………

今は老い朽ちた土まんじゅう
ギロギロした瞳をいつも空にむけているお前――
なぜやくざな
不透明な雲の中に逃避しているのだ!

烏よ! 風よ!
あの白々とさえかえった
富士山の肩を叩いてやれ
あれは銀の城ではない
不幸のひそむ大悲殿だ

富士山よ!
お前に頭をさげない女がこゝに一人立っている
お前を嘲笑している女がここにいる

富士山よ
富士よ!
颯々としたお前の火のような情熱が
ビュンビュン唸って
ゴウジョウな此女の首を叩き返えすまで
私はユカイに口笛を吹いて待っていよう。
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 私はまた元のおゆみ[#「おゆみ」に傍点]さん、胸にエプロンをかけながら、二階の窓をあけに行くと、ほんのひとなめの、薄い富士山が見える。
 あゝあの山の下を私は何度不幸な思いをして行き返えりした事だろう。でもたとえ小さな旅でも、二日の外房州のあの亮々たる風景は、私の魂も体も汚れのとれた美しいものにしてしまった。
 旅はいゝ、野中の一本杉の私は、せめてこんな楽みでもなければやりきれない。
 明日から紅葉デーで、私達は狂人のような真紅な着物のおそろいだそうな、都会はあとからあとから、よくもこんなチカチカした趣考を思いつくものだ。
 又新らしい女が来ている。
 今晩もお面のようにお白粉をつけて、二重な笑いでごまかしか……うきよ[#「うきよ」に傍点]とはよくも云い当てしものかな――。
 留守中、お母さんから、さらしの襦袢二枚送って来る。
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 十一月×日
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浮世離れて奥山ずまい……
[#ここで字下げ終わり]
 ヒゾクな唄にかこまれて、私は毎日玩具のセルロイドの色塗り。
 日給七拾五銭也の女工さんになって四ヶ月、私が色塗りした蝶々のお垂げ止めは、懐かしいスブニールとなって、今頃はどこへ散乱して行った事だろう――。
 日暮里の金杉から来ているお千代さんは、お父つぁんが寄席の三味線ひきで妹弟六人の裏家住い、「私とお父つぁんとで働かなきゃあ、食えないんですも
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