の……。」お千代さんは蒼白い顔をかしげて、佗しそうに赤い絵具をベタベタ蝶々に塗っている。
こゝは、女工が二十人、男工が十五人の小さなセルロイド工場、鉛のように生気のない女工さんの手から、キュウピーがおどけて出たり、夜店物のお垂げ止めや、前帯芯や、様々な下層階級相手の粗製品が、毎日毎日私達の手から洪水の如く流れて行く。
朝の七時から、夕方の五時まで、私達の周囲は、ゆでイカ[#「ゆでイカ」に傍点]のような色をしたセルロイドの蝶々や、キュウピーでいっぱいだ。
文字通り護謨臭い、それ等の製品に埋れて仕事が済むまで、めったに首をあげて、窓も見られない状態だ。
事務所の会計の妻君が、私達の疲れたところを見計らっては、皮肉に油をさしに来る。
「急いでくれなくちゃ困るよ。」
フンお前も私達と同じ女工上りじゃないか、「俺達ゃ機械じゃねえんだよっ。」発送部の男達が、その女が来ると、舌を出して笑いあった。
五時になると、二十分は私達の労力のおまけだ、日給袋のはいった笊が廻って来ると、私達はしばらくは、激しい争奪戦を開始して、自分の日給袋を見つけ出す。
襷を掛けたまゝ工場の門を出ると、お千代さんが、後から追って来た。
「あんた、今日市場の方へ寄らないの、私今晩のおかず[#「おかず」に傍点]を買って行くの……。」
一皿八銭の秋刀魚は、その青く光った油と一緒に、私とお千代さんの両手にかゝえられて、サンゼンと生臭い匂いを二人の胃袋に通わせた。
「この道を歩いている時だけ、あんた、楽しいと思った事ない。」
「本当にね、私ホッとするわ。」
「あゝあんたは一人だからうらやましいわ。」
お千代さんの束ねた髪に、白く埃がつも[#「つも」に傍点]っているのを見ると、街の華やかな、一切のものに火をつけてやりたいようなコオフンを感じる。
十一月×日
なぜ?
なぜ?
私達はいつまでもこんな馬鹿な生き方をしなければならないのか! いつまでたっても、セルロイドの唄、セルロイドの匂い、セルロイドの生活だ。
朝も晩も、ベタベタ三原色を塗りたくって、地虫のように、太陽から隔離されて、歪んだ工場の中で、コツコツ無限に長い時間を青春と健康を搾取されている、あの若い女達のプロフィルを見ていると、ジンと悲しくなる。
だが待って下さい。
私達のつくっている、キュウピーや、蝶々のお垂げ止めは、貧しい
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