た事や、嬉しかった思い出も、あなた[#「あなた」に傍点]のひねくれた仕打ちを考えると、恨めしく味気なくなります。壱円札二枚入れて置きました、怒らないで何かにつかって下さい。あの女と一緒にいないんですってね、私が大きく考え過ぎたのでしょうか。
 秋になりました、私の唇も冷く凍ってゆきます。あなたとお別れしてから……。
 たい[#「たい」に傍点]さんも裏で働いています。

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 ――オカアサン。
 オカネ、オクレテ、スミマセン。
 アキニ、ナツテ、イロイロ、モノイリガ、シテ、オクレマシタ。
 カラダ、ゲンキデスカ。ワタシモ、ゲンキデス。コノアイダ、オクツテ、クダサツタ、ハナ[#「ハナ」に傍点]ノクスリ、オツイデノトキ、スコシオクツテクダサイ、センジテノムト、ノボセガ、ナオツテ、カホリガ、ヨロシイ。
 オカネハ、イツモノヤウニ、ハン[#「ハン」に傍点]ヲ、オシテ、アリマスカラ、コノマヽキヨク[#「キヨク」に傍点]エ、トリニユキナサイ。
 オトウサンノ、タヨリアリマスカ、ナニゴトモ、トキノクルマデ、ノンキニシテイナサイ、ワタシモ、コトシワ、アクネン[#「アクネン」に傍点]ユエ、ジツトシテイマス。
 ナニヨリモ、カラダヲ、タイセツニ、イノル、フウトウ、イレテオキマス、ヘンジクダサイ。
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[#地付き]フミヨリ。

 私は顔中涙でぬらしてしまった、せぐりあげても、せぐりあげても泣声が止まない。
 こうして一人になって、こんな荒れたカフェーの二階で手紙を書いていると、一番胸に来るのは、老いたお母さんの事だった。
 私が、どうにかなるまで、死なゝいで下さい、此まゝであの海辺で死なせるのは、みじめすぎる。
 あした[#「あした」に傍点]局へ行って、一番に送ってあげよう、帯芯の中には、さゝけた壱円札が六七枚もたまっている、貯金帳は、出たりはいったりで、いくらもない。木枕に頭をふせているとくるわ[#「くるわ」に傍点]の二時の拍子木がカチカチ鳴っている。

 十月×日
 窓外は愁々とした秋景色。
 小さなバスケット一ツに一切をたくして、私は興津行きの汽車に乗る。
 土気を過ぎると小さなトンネルがあった。

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サンプロンむかしロオマの巡礼の
知らざる穴を出でて南す。
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 私の好きな万里の歌である。
 サ
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