]のやうに、のつぺらぼうな顏かたちにしか浮んで來ない。女房よりいゝ女はなかつたと、隆吉は心の底でしみじみと、その戀しい女房の片身である娘と添寢しながら、何とないあたゝかな幸福を感じるのであつた。
 この娘が、どのやうな男を得るのかは判らないけれども、いゝ男を選んで倖せになつてくれるといゝと念じる。長い事洗はないとみえて、娘の髮の毛が匂つた。かつかうのいゝ鼻つきから、うすく唇をひらいたところは、亡妻にそつくりであつた。閉ぢたまつげは、深いかげをつくり、まことに憎からぬ風情で妙子は平和な寢姿でゐる。
 隆吉は、娘の寢姿に見とれながら、子供のやうにせぐりあげる淋しさに落ちこんでゆく。財産よりも身内のものが何よりも寶だと思へた。幽靈にでもなつて亡妻が出て來てくれぬものかと、妙な事を考へてみる。年齡のせゐか、ひどく人生が虚無的になり、朝々、鷄の聲をきゝながら隆吉は、ぼんやりと、そのひとゝきを無上の境地として過してゐるのであつた。
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風來りて房戸《ばうと》に入り
夜中|枕席《ちんせき》冷かなり
氣變じて時の易《かは》るを悟り
眠らずして夕の永きを知る。
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