はひとまづ、河邊の家へ落ちついた。無一文、無財産ではあつたけれども根が樂天家で、朴《ほほ》を抱き眞を含めりで、どのやうな環境にもびくともしない心根は、長い間の大陸放浪から來てゐる無欲てんたん[#「てんたん」に傍点]にあるのに違ひない。河邊の妻は、私立女學校の家政科の教師をしてゐたが河邊のやつかいな道連れを、あまり心よくは迎へてはくれなかつた。
 妙子のきてん[#「きてん」に傍点]で、母のかたみのダイヤの指輪をズボンの裾の縫目に、妙子は閉ぢこめておいた。髮の毛はぢやきぢやきに剪つて、中耳炎の如くよそほひ汚れた繃帶を頭からあごへ卷きつけて兩方の耳の中に、母のプラチナの時計一つと、金の指輪を一つはさみこんで隱して持つて來た。
 隆吉は何も知らなかつた。妙子は本當に耳が惡いのだと思つてゐた。繃帶はところどころ血がついて、煮〆たやうに汚れてゐた。十七の娘が、見るかげもなくやつれ果てて痩せて背の高い姿は、誰の注意も惹かなかつた。
 無事に、この三つの寶は、娘の體に守られて故國へ戻つて來た。妙子は隆吉の娘のうちでも、とりわけきりやうのいゝ顏立ちで、日本へ戻つて一ヶ月もすると、めきめきと美しさが光を放
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