さくら》の簪《かんざし》を差した娘《むすめ》達がゾロゾロ歩いていた。
「ええ――ご当地へ参りましたのは初めてでござりますが、当商会はビンツケをもって蟇《がま》の膏薬《こうやく》かなんぞのようなまやかし[#「まやかし」に傍点]ものはお売り致《いた》しませぬ。ええ――おそれおおくも、××宮様お買い上げの光栄を有しますところの、当商会の薬品は、そこにもある、ここにもあると云う風なものとは違《ちが》いまして……」
 蟻《あり》のような人だかりの中に、父の声が非常に汗《あせ》ばんで聞えた。
 漁師の女が胎毒下《たいどくくだ》しを買った。桜の簪を差した娘が貝殻《かいがら》へはいった目薬を買った。荷揚げの男が打ち身の膏薬を買った。ピカピカ手ずれのした黒い鞄《かばん》の中から、まるで手品のように、色んな変った薬を出して、父は、輪をつくった群集の眼の前を近々と見せびらかして歩いた。
 風琴は材木の上に転がっている。
 子供達は、不思議な風琴の鍵《キイ》をいじくっていた。ヴウ! ヴウ! この様に、時々風琴は、突拍子《とっぴょうし》な音を立てて肩をゆする。すると、子供達は豆《まめ》のように弾《はじ》けて笑っ
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