小指の先きが、椎茸《しいたけ》のように黒くなった。
町の上には小学校があった。小麦|臭《くさ》い風が流れていた。
「こりゃ、まあ、景色のよかとこじゃ」
手拭でハタハタと髷《まげ》の上の薄《うす》い埃《ほこり》を払《はら》いながら、眼を細めて、母は海を見た。
私は蓮根の天麩羅を食うてしまって、雁木《がんぎ》の上の露店《ろてん》で、プチプチ章魚《たこ》の足を揚げている、揚物屋の婆《ばあ》さんの手元を見ていた。
「いやし[#「いやし」に傍点]かのう、この子は……腹がばり[#「ばり」に傍点]さけても知らんぞ」
「章魚の足が食いたかなア」
「何云いなはると! お父《とう》さんやおッ母《か》さんが、こぎゃん貧乏《びんぼう》しよるとが判《わか》らんとな!」
遠いところで、父の風琴が風に吹《ふ》かれている。
「汽車へ乗ったら、またよかもの[#「よかもの」に傍点]食わしてやるけに……」
「いんにゃ、章魚が食いたか!」
「さっち、そぎゃん、困らせよっとか?」
母は房《ふさ》のついた縞《しま》の財布《さいふ》を出して私の鼻の上で振って見せた。
「ほら、これでも得心のいかぬか!」
薄い母の掌に、緑
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