盗《ぬす》んで、はんど[#「はんど」に傍点]甕の横に隠しておいた。
「時勢が進むと、安うて、ハイカラなものが出来るもんかなア」
 町中「一瓶つければ桜色」の唄が流行《はや》った。化粧水は、持って出るたび、よく売れて行った。
 その頃、籠の中へ、牛肉を入れて売って歩く婆さんが来た。もうけ[#「もうけ」に傍点]があるのであろう、母は気前よく、よくそれを買った。蒟蒻《こんにゃく》を入れると、血のような色になって、「犬の肉ででもあっとじゃろ」と、三人とも安いのでよく、その赤い肉を食った。
「やっぱし、犬の肉でやんすで」
 階下のおばさんは、買った肉を犬にくれたら、やっぱし食わなかったと、それが犬の肉である事を保証した。
 雨がカラリと霽《は》れた日が来た。ある日、山の学校から帰って来ると、母が、息を詰めて泣いていた。
「どぎゃん、したと?」
「お父さんが、のう……警察い行きなはった」
 私は、この時の悲しみを、一生忘れないだろう。通草《あけび》のように瞼が重くなった。
「おッ母さんな、警察い、ちょっと行って来ッで、ええ子して待っとれ」
「わしも行く。――わしも云うたい、お父さん帰るごと」
「子
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