、どれでも一瓶《ひとびん》拾銭の化粧水《けしょうすい》を仕入れて来た。青い瓶もあった。紅《あか》い瓶も、黄いろい瓶も、みな美しい姿をしていた。模様には、ライラックの花がついて、きつく振ると、瓶の底から、うどん粉のような雲があがった。
「まあ、美しか!」
「拾銭じゃ云うたら、娘達や買いたかろ」
「わしでも買いたか」
「生意気なこと云いよる」
 父はこの化粧水を売るについて、この様な唄をどこからか習って来た。
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一瓶つければ桜色
二瓶つければ雪の肌
諸君! 買いたまえ
買わなきゃ炭団《たどん》となるばかし。
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 父は、この節に合せて、風琴を鳴らす事に、五日もかかってしまった。
「早よう売らな腐る云いよった」
「そぎゃん、ひど[#「ひど」に傍点]かもん売ってもよかろか?」
「ハテ、良かろか、悪かろか、食えんもな、仕様がなかじゃなッか」

 尾の道の町はずれに吉和《よしわ》と云う村があった。帆布《はんぷ》工場もあって、女工や、漁師の女達がたくさんいた。父はよくそこへ出掛けて行った。
 私は、こういうハイカラな商売は好きだと思った。私は、赤い瓶を一ツ
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