。いつか、その魚屋の前を通っていたら、知りもしないのに、その子は私に呼びかけた。
「魚が、こぎゃん、えっと、えっと、釣《つ》れたんどう、一|尾《び》やろうか、何がええんな」
「ちぬご[#「ちぬご」に傍点]」
「ちぬご[#「ちぬご」に傍点]か、あぎゃんもんがええんか」
家の中は誰もいなかった。男の子は鼻水をずるずる啜りながら、ちぬご[#「ちぬご」に傍点]を新聞で包んでくれた。ちぬご[#「ちぬご」に傍点]は、まだぴちぴちして鱗が銀色に光っていた。
「何枚着とるんな」
「着物か?」
「うん」
「ぬくいけん何枚も着とらん」
「どら、衿を数えてみてやろ」
男の子は、腥い手で私の衿を数えた。数え終ると、皮剥《かわは》ぎと云う魚を指差して、「これも、えっとやろか」と云った。
「魚、わしゃ、何でも好きじゃんで」
「魚屋はええど、魚ばア食える」
男の子は、いつか、自分の家の船で釣りに連れて行ってやると云った。私は胸に血がこみあげて来るように息苦しさを感じた。
学校へ翌《あく》る日行ってみたら、その子は五年生の組長であった。
10[#「10」は縦中横] 誰の紹介《しょうかい》であったか、父は
前へ
次へ
全34ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング