ッ!」
 父は呶鳴《どな》りながら梯子段《はしごだん》を破るようにドンドン降りて行った。
 私一人になると、周囲から空気が圧して来た。私はたまらなくなって、雨戸を開き、障子を開けた。
 石榴の葉が、ツンツン豆の葉のように光って、山の上に盆《ぼん》のような朱い月が出ている。肌の上を何かついと走った。
「どぎゃん、したかアい!」
 思わず私は声をあげて下へ叫んでみた。
 母が、鏡と洋燈を持っているのが見えた。
「ハイ! この縄を一生懸命《いっしょうけんめい》握っとんなはい」
 父はこうわめきながら、縄の先を、真中《まんなか》の石榴の幹へ結んでいた。
「いま、うちで、はいりますにな、辛抱《しんぼう》して、縄へさばっ[#「さばっ」に傍点]といて下さいや」
 おろおろした母の声も聞えた。
「まさこ! 降りてこいよッ」
 父は覗いている私を見上げて呶鳴った。私は寒いので、父の、黄色い筋のはいった服を背中にひっかけると、転げるように井戸端へ降りて行った。縁側ではおじさんが「うはははははうはははははは」と、泡《あわ》を食ったような声で呶鳴っていた。
「ええ子じゃけに、医者へ走って行け、おとなしう云うて
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