とじゃもの……」
「そんでも、算術はむずかしかろな?」
「ま、勉強せい、明日は連れて行ってやる」
学校に行けることは、不安なようで嬉しい事であった。その晩、胸がドキドキして、私は子供らしく、いつまでも瞼《まぶた》の裏に浮んで来る白い数字を数えていた。
十二時頃ででもあったであろうか、ウトウトしかけていると、裏の井戸で、重石《おもし》か何か墜ちたように凄《すさ》まじい水音がした。犬も猫も、井戸が深いので今までは墜ちこんでも嘗めるような水音しかしないのに、それは、聞き馴《な》れない大きい水音であった。
「おッ母さん! 何じゃろか?」
「起きとったか、何じゃろかのう……」
そう話しあっている時、また水をはねて、何か悲しげな叫び声があがった。階下のおじさんが、わめきながら座敷を這っている。
「あんた! 起きまっせ! 井戸ん中へ誰か墜ちたらしかッ」
「誰が?」
「起きて、早よう行ってくれまっせ、おばさんかも判らんけに……」
私は体がガタガタ震《ふる》えて、もう、ものが云えなかった。
「どぎゃんしたとじゃろか?」
「お前も一緒《いっしょ》に来いや、こまい[#「こまい」に傍点]者は寝とらんか
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