つ」に傍点]すれば怒るだろう?」
「誰がや?」
「人の足折って、知らん顔しちょるもん[#「もん」に傍点]がよオ」
「金を持っちょるけに、かなわんたい」
「階下のおじさんな、馬鹿たれか?」
「何ば云よっとか!」
父は風琴と弁当を持って、一日中、「オイチニイ オイチニイ」と、町を流して薬を売って歩いた。
「漁師町に行ってみい、オイチニイの薬が来たいうて、皆出て来るけに」
「風体《ふうてい》が珍しかけにな」
長いこと晴れた日が続いた。
山では桜の花が散って、いっせいに四囲《あたり》が青ばんで来た。
遠くで初蛙《はつがえる》も啼《な》いた。白い除虫菊《じょちゅうぎく》の花も咲《さ》いた。
7 「学校へ行かんか?」
ある日、山の茶園で、薔薇《ばら》の花を折って来て石榴の根元に植えていたら、商売から帰った父が、井戸端《いどばた》で顔を洗いながら、私にこう云った。
「学校か? 十三にもなって、五年生にはいるものはなか[#「なか」に傍点]もの、行かぬ」
「学校へ行っとりゃ、ええことがあるに」
「六年生に入れてくれるかな?」
「沈黙《だま》っとりゃ、六年生でも入れようたい、よう読める
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