と、背負った風琴を思い出したのであろうか、風呂敷包みから風琴を出して肩にかけた。父の風琴は、おそろしく古風で、大きくて、肩に掛《か》けられるべく、皮のベルトがついていた。
「まだ鳴らしなさるな」
母は、新しい町であったので、恥《はずか》しかったのであろう、ちょっと父の腕《うで》をつかんだ。
口笛の流れて来る家の前まで来ると、鱗《うろこ》まびれになった若い男達が、ヒュッ、ヒュッ、と口笛に合せて魚の骨を叩《たた》いていた。
看板の魚は、青笹《あおざさ》の葉を鰓《あぎと》にはさんだ鯛《たい》であった。私達は、しばらく、その男達が面白い身ぶりでかまぼこ[#「かまぼこ」に傍点]をこさえている手つきに見とれていた。
「あにさん! 日の丸の旗が出ちょるが、何事ばしあるとな」
骨を叩く手を止めて、眼玉の赤い男がものうげ[#「ものうげ」に傍点]に振《ふ》り向いて口を開けた。
「市長さんが来たんじゃ」
「ホウ! たまげたさわぎ[#「さわぎ」に傍点]だな」
私達はまた歩調をあわせて歩きだした。
浜には小さい船着場がたくさんあった。河のようにぬめぬめした海の向うには、柔《やわら》かい島があった。
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