々《えんえん》とした汀《なぎさ》を汽車は這《は》っている。動かない海と、屹立《きつりつ》した雲の景色《けしき》は十四|歳《さい》の私の眼《め》に壁《かべ》のように照り輝《かがや》いて写った。その春の海を囲んで、たくさん、日の丸の旗をかかげた町があった。目蓋をとじていた父は、朱《あか》い日の丸の旗を見ると、せわしく立ちあがって汽車の窓から首を出した。
「この町は、祭でもあるらしい、降りてみんかやのう」
母も経文を合財袋《がっさいぶくろ》にしまいながら、立ちあがった。
「ほんとに、綺麗《きれい》な町じゃ、まだ陽《ひ》が高いけに、降りて弁当の代でも稼《かせ》ぎまっせ」
で、私達三人は、おのおのの荷物を肩《かた》に背負って、日の丸の旗のヒラヒラした海辺の町へ降りた。
駅の前には、白く芽立った大きな柳《やなぎ》の木があった。柳の木の向うに、煤《すす》で汚《よご》れた旅館が二三|軒《げん》並《なら》んでいた。町の上には大きい綿雲が飛んで、看板に魚の絵が多かった。
浜《はま》通りを歩いていると、ある一軒の魚の看板の出た家から、ヒュッ、ヒュッ、と口笛《くちぶえ》が流れて来た。父はその口笛を聞く
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