ま[#「白かまんま」に傍点]と云う言葉を聞くと、ポロポロと涙があふれた。
「背丈《せたけ》が伸《の》びる頃《ころ》ちうて、あぎゃん食いたかものじゃろうかなア」
「早よウ、きまって飯が食えるようにならな、何か、よか仕事はなかじゃろか」
 父も母も、裾に寝ている私が、泪《なみだ》を流していると云う事は知らぬ気であった。
「あれも、本ばよう[#「よう」に傍点]読みよるで、どこかきまったりゃ、学校さあげてやりたか」
「明日、もう一日売れたりゃ、ここへ坐《すわ》ってもええが……」
「ここはええところじゃ、駅へ降りた時から、気持ちが、ほんまによかった。ここは何ちうてな?」
「尾《お》の道《みち》よ、云うてみい」
「おのみち[#「おのみち」に傍点]、か?」
「海も山も近い、ええところじゃ」
 母は立って洋燈を消した。


 6 この家の庭には、石榴《ざくろ》の木が四五本あった。その石榴の木の下に、大きい囲いの浅い井戸《いど》があった。二階の縁《えん》の障子をあけると、その石榴の木と井戸が真下に見えた。井戸水は塩分を多分に含《ふく》んで、顔を洗うと、ちょっと舌が塩っぱかった。水は二階のはんど[#「はん
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