ど」に傍点]甕《がめ》の中へ、二日分位|汲《く》み入れた。縁側には、七輪や、馬穴《バケツ》や、ゆきひら[#「ゆきひら」に傍点]や、鮑《あわび》の植木鉢《うえきばち》や、座敷《ざしき》は六|畳《じょう》で、押入れもなければ床《とこ》の間《ま》もない。これが私達三人の落ちついた二階借りの部屋の風景である。
朝になると、借りた蒲団の上に白い風呂敷を掛けた。
階下は、五十位の夫婦者《ふうふもの》で、古ぼけた俥《くるま》をいつも二台ほど土間に置いていた。おじさんが、俥をひっぱった姿は見た事はないが、誰かに貸すのででもあろう、時々、一台の俥が消える時がある。おばさんは毎日、石榴の木の見える縁側で、白い昆布《こんぶ》に辻占《つじうら》を巻いて、帯を結ぶ内職をしていた。
ここの台所は、いつも落莫《らくばく》として食物らしい匂《にお》いをかいだ事がない。井戸は、囲いが浅いので、よく猫《ねこ》や犬が墜《お》ちた。そのたび、おばさんは、禿《はげ》の多い鏡を上から照らして、深い井戸の中を覗いた。
「尾の道の町に、何か力があっとじゃろ、大阪《おおさか》までも行かいでよかった」
「大阪まで行っとれば、ほんの
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