]が、何が桜かの、たまげたものじゃ」
別に気も浮かぬと云った風に、風呂敷包みをときながら、母はフンと鼻で笑った。
「ほう、お前も立って、ここへ来てみいや、綺麗かぞ」
煤《すす》けた低い障子《しょうじ》を開けて、父は汚れたメリヤスのパッチをぬぎながら、私を呼んだ。
「寿司《すし》ば食いとうなるけに、見とうはなか……」
私は立とうともしなかった。母はクックッと笑っていた。腫物《はれもの》のようにぶわぶわした畳《たたみ》の上に腹這って、母から読本《とくほん》を出してもらうと、私は大きい声を張りあげて、「ほごしょく」の一部を朗読し始めた。母は、私が大きい声で、すらすらと本を読む事が、自慢《じまん》ででもあるのであろう。「ふん、そうかや」と、度々優しく返事をした。
「百姓《ひゃくしょう》は馬鹿《ばか》だな、尺取虫《しゃくとりむし》に土瓶《どびん》を引っかけるてかい?」
「尺取虫が木の枝《えだ》のごつあるからじゃろ」
「どぎゃん虫かなア」
「田舎《いなか》へ行くとよくある虫じゃ」
「ふん、長いとじゃろ?」
「蚕《かいこ》のごつ[#「ごつ」に傍点]ある」
「お父さん、ほんまに見たとか?」
「ほ
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