な平和さが、廣太郎には、またたまらない氣持である。
「私は、子供たちを連れて、姫路へかへらうかとおもひますけど‥‥」
翌る朝、ふじ子は呆んやりそんなことを云つてみた。廣太郎は寢床で新聞を讀んでゐたけれど、新聞から顏をはなさないでいつまでも默つてゐる。
「男の方つて、自分勝手なことをして平氣だけれど、とても、私には苦しくて我慢が出來ないわ‥‥」
「がまんが出來なければ勝手にすればいゝだらう」
一寸可哀想だとは思つたけれど、つい、こんな亂暴な言葉がづけづけと口をついて出て來る。ふじ子はそのまゝ次の部屋へ去つてしまつた。――廣太郎は、このまゝ、當分、會社も休んでしまつて、田舍へ資金調達にかへり、自分一人で新しい仕事をしてみるのもいゝなと思つた。あんな會社に生涯働いてゐたところで、自分はいつたいどれだけの成功が得られると云ふのだらう。子供が成長してゆくとともに自分は衰へて、やがて何も出來ない年齡に老い果てて來るのだ。ふじ子は、酒を飮む金があれば一坪の家でも得られると云ふのだつたが、一坪の家と云ふことが、廣太郎にはまた癪にさはつて仕方がないのだ。
會社へも行かないで、その夜、廣太郎は、誰に
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