も默つて下關行きの汽車に乘つてゐた。
3
「健ちやん、眠つたの‥‥」
「うゝん、なアに?」
「健ちやんは男の子だから、お父さんがおいでと云つたら、お父さんのところへ行く?」
「厭だい!」
「だつて、お母さんは健ちやんだの、ちいちやんだのつて二人も育てられないもの」
「お父さん、すぐ歸ると云つたよ」
「お父さんはもう戻らないのよ」
「何故?」
「何故でも‥‥」
健吉はくるりとふじ子の方へ寢がへりをうつて來て、そつと母の乳房を着物の上からばたばた叩いてゐた。
ふじ子は子供の小さい手で、乳房を叩かれながら、しみじみと孤獨な氣持である。――田舍の女學校を卒業して、世の常の娘のやうに、自分も希望に燃えてこの東京へ出て來たのだ。上京すると、ふじ子は間もなく知人の世話で中央郵便局の事務員になつた。事務員を二年ほどしてゐるうちに、知人の家に下宿をしてゐる木山と云ふ早稻田の法科に通つてゐる學生と戀におちたが、間もなく、木山とは、何の關係もなく別れてしまひ、世話をする人があつて、廣太郎と平凡な結婚をしたのであつた。
考へてみると、呆れるほど平凡な八年間であり、ふじ子は二人の子供を養育す
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