戒してゐる樣子があつた。――廣太郎は日を經るにしたがつて、資金調達が困難だつたし、始めのやうに、珍しがつて迎へて呉れる知人もなくなつて來ると、祖母ををがみたふして、祖母の貯金を全部おろして瓢然とまた東京へ戻つて來た。
百圓たらずの金だつたが、それでも、子供たちへ土産物を買つたりして東京へ戻つて來た。ふじ子へ會ひたいとは思はなかつたが子供たちには妙に會ひたかつた。何と云ふこともなく、歸つたら子供たちを抱いてやりたいなごやかなものを感じてゐる。
八重子にも會ひたかつたが、何よりもまづ子供に會ひたいと云ふ氣持は、廣太郎にとつては、幾年にもないことだつたらう。
平凡な家庭に馴れてしまつて、何の波瀾もなかつた日常に、こんなに、二週間近くも子供に會はないと云ふことは、廣太郎にとつては珍しいことだとも云へる。――歸心矢の如しで、廣太郎は子供に會ひたくて仕方がなかつた。そのくせ、廣太郎は、東京驛から、素直にふじ子のもとへ歸るのが億劫で、靜岡から、わざわざ八重子へ東京着の時間を電報で打つたりしておく勝手さもあつた。
東京は雨が降つてゐた。
赤煉瓦の東京驛のホームへ、汽車がすさまじい勢で這入つて
前へ
次へ
全24ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング