と云つた。
「えゝ、ありがたうございます‥‥木山さんはその後、御結婚なすつてゐらつしやいますの?」
「僕ですか、さア貰つたやうなこともあるし、貰はないやうなところもあるし、と云ふところですかな。――いまは獨りものですよ」

     5

 廣太郎は郷里の姫路へかへつたが、四五日は親類の家へ出向いて酒をよばれることだけで日をおくつた。どの家からもまとまつた資金を出させるにいたらなかつた。
「わしの方こそ、あんたたちに相談をしようと思つた位だぜ‥‥千圓はおろか、百圓だつて都合はつくまい」
 末弟は、小さい材木商をやつてゐたが、このごろは建築の方もおもはしくなくて、臺所向きも白々と逼塞してゐる風である。廣太郎は、無爲に十日ばかりも郷里で日を過したけれど、空想したやうな甘い考へ通りにはゆかなかつた。一萬圓もあれば、小さな工場を持つて、インキの製造をやらうと思つてゐたし、少し豐かになつたら、八重子の爲に、小綺麗な喫茶店をつくつてやつてもいゝと思つてゐたのだ。
 親類のものたちは、何の前ぶれもなく郷里に戻つて來た廣太郎を不思議がつてゐたし、酒で荒んでゐる、面がはりの廣太郎に、どの家のものも何か警
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