はり、ふじ子は、晝近くになつて、木山へのさゝやかな土産物をたづさへ、二人の子供を連れて兩國驛へ行つた。
何の自制もない、たゞ足まかせな暗澹とした氣持だつた。
4
海風館と云ふ旅館に、木山は滯在してゐた。松林のなかをぬけて、砂地の丘に、明治時代の遺物のやうな、色硝子の雨戸のはいつた古い旅館が木山のゐる宿屋だつた。
木山は吃驚してふじ子たちを迎へた。
「よくわかりましたねえ‥‥」
木山は青年の時よりずつと痩せてはゐたが、少しも病人らしくなかつた。八年の星霜が、二人の間にあつたことを、ふじ子は老けた木山を見て、始めて無量な氣特になつてゐる。木山は眼鏡をかけてゐた。聲音だけは昔のとほりだつたけれど、ふじ子は目の前に立つてゐる木山を、昔の木山とはどうしても思へなかつた。
木山にしたところで、これが、あの當時のふじ子なのかと思つてゐるに違ひない。子供たちは生れて始めて海を見るので、しつかりと、ふじ子の袖につかまつてゐた。海を見晴らした、二階の木山の部屋へ上つてゆくと、子供たちは、砂でざらざらした廊下を、二人とも四ツ這ひに這つて歩いてゐる。
「始めて海をみせたり、その上、この
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