なく眼が覺めた。それでもがまんして、ペットは毎日たべものをあさって暮らしていた。時々、ペットに食物をくれる本田さんというお醫者さんも東京へいってしまった。寒くなると、疎開者のひとがほとんどいなくなって、別莊地は荒れ果てたまま、まるで無人境みたいにさびしくなっていった。
 ペットは、くさった床板のはがれたところからもぐって、板の間へ出て、昔、モオリスさんがよく本を讀んでいた部屋へはいって、部屋のすみっこへ、もぐもぐとうずくまって寢るようになった。
 ペットもこのごろは年をとって、齒が拔けるようになり、足もともふらふらして、この冬を滿足にすごせるような元氣さがなくなっていた。
 ペットは、なぜ、モオリスさんが自分を捨てていったのか少しもわけがわからない。――思い出はたのしくて、夏の夕方、ポーチの食卓で、ポオタプルにレコードをかけながらおいしい肉片をモオリスさんからほってもらった記憶など、ペットは時々なつかしく思い出すのだった。
 モオリスさんの奧さんは、朝は、オートミイルに牛乳をかけて、犬小舍の前においてくれた。その犬小舍も、柏原へ運ばれて、いまはペットの住居はここにないのだ。
 野尻に雪
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