放してしまつた。全くの無為徒食であつたが、女中のきぬは義妹の世話であつたが唖の女である。きんは、暮しも案外つゝましくしてゐた。映画や芝居を見たいと云ふ気もなかつたし、きんは何の目的もなくうろうろと外出する事はきらひであつた。天日にさらされた時の自分の老いを人目に見られるのは厭であつた。明るい太陽の下では、老年の女のみじめさをようしやなく見せつけられる。如何なる金のかゝつた服飾も天日の前では何の役にもたゝない。陽蔭の花で暮す事に満足であつたし、きんは趣味として小説本を読む事が好きであつた。養女を貰つて老後の愉しみを考へてはと云はれる事があつても、きんは老後なぞと云ふ思ひが不快であつたし、今日まで孤独で来た事も、きんには一つの理由があるのだつた。――きんは両親がなかつた。秋田の本庄近くの小砂川の生れだと云ふ事だけが記憶にあつて、五ツ位の時に東京に貰はれて、相沢の姓を名乗り、相沢家の娘としてそだつた。相沢久次郎と云ふのが養父であつたが、土木事業で大連に渡つて行き、きんが小学校の頃から、この養父は大連へ行きつぱなしで消息はないのである。養母のりつは仲々の理財家で、株をやつたり借家を建てたりして
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