きんは男が尋ねて来ても、昔から自分の方で食事を出すと云ふことはあまりしなかつた。こまごまと茶餉台をつくつて、手料理なんですよと並べたてて男に愛らしい女と思はれたいなぞとは露ほども考へないのである。家庭的な女と云ふ事はきんには何の興味もないのだ。結婚をしようなぞと思ひもしない男に、家庭的な女として媚びてゆくいはれ[#「いはれ」に傍点]はないのだ。かうしたきんに向つて来る男は、きんの為に、いろいろな土産物を持つて来た。きんにとつてはそれが当り前なのである。きんは金のない男を相手にするやうな事はけつしてしなかつた。金のない男ほど魅力のないものはない。恋をする男が、ブラッシュもかけない洋服を着たり、肌着の釦のはづれたのなぞ平気で着てゐるやうな男はふつと厭になつてしまふ。恋をする、その事自体が、きんには一つ一つ芸術品を造り出すやうな気がした。きんは娘時代に赤坂の万龍に似てゐると云はれた。人妻になつた万龍を一度見掛けた事があつたが、惚々とするやうな美しい女であつた。きんはその見事な美しさに唸つてしまつた。女が何時までも美しさを保つと云ふ事は、金がなくてはどうにもならない事なのだと悟つた。きんが芸者
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