ぢやないわ。「ダンスなンて知らないわ。貴方なさるの?」「少しはね」「さう、いゝ方があるンでせう? それでお金がいるンじやないの?」「馬鹿だなア、女にみつぐ程、ぼろい金まうけはしてゐない」「あら、でも、とても、その身だしなみは紳士ぢやないのよ。相当なお仕事でなくちや、出来ない芸だわ」「これははつたり[#「はつたり」に傍点]なンだ。ふところはぴいぴいなンだぜ。七転《ななころ》び八起《やお》きも此頃はあわたゞしくてね……」きんはふふふとふくみ笑ひをして、田部の房々とした黒髪にみとれてゐる。まだ、十分房々として額ぎはにたれてゐる。角帽の頃の匂ふ水々しさは失せてゐるけれども、頬のあたりがもう中年の仇めかしさを漂はせて、品のいゝ表情はないながらも、逞ましい何かがある。猛獣が遠くから匂ひを嗅ぎあつてゐるやうな観察のしかたで、きんは、田部にも茶を淹れてやつた。「ねえ、近いうちにお金の切りさげってあるつて本当なの?」きんは冗談めかして尋ねた。「心配するほど持つてるンだな?」「まア! すぐ、それだから、貴方つて変つたわね。そンな風評を人がしてるからなのよ」「さア、そンな無理なことはいまの日本ぢや出来ないだ
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