貴には話せない金なンだ」きんは返事もしないで、ふつと、自分の若さも、もうあと一二年だなと思ふ。昔の焼きつくやうな二人の恋が、いまになつてみると、お互ひの上に何の影響もなかつた事に気がついて来る。あれは恋ではなく、強く惹きあふ雌雄だけのつながりだつたのかも知れない。風に漂ふ落葉のやうなもろい男女のつながりだけで、こゝに坐つてゐる自分と田部は、只、何でもない知人のつながりとしてだけのものになつてゐる。きんの胸に冷やかなものが流れて来た。田部は思ひついたやうに、にやりとして、「泊つてもいゝ?」と小さい声で、茶を呑んでゐるきんに尋ねた。きんは吃驚した眼をして、「駄目よ。こんな私をからかはないで下さい」と、眼尻の皺をわざとちぢめるやうにして笑つた。美しい皓い入れ歯が光る。「いやに冷酷無情だな。もう、一切金の話はしない。一寸、昔のきんさんに甘つたれたンだ。でも、――こゝは別世界だものね。君は悪運の強い人だよ。どんな事があつたつてくたばらないのは偉い。いまの若い女なンか、そりやアみじめだからね。君、ダンスはしないの?」きんは、ふゝんと鼻の奥でわらつた。若い女がどうだつて云ふンだらう……。私の知つた事
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