る。赤い筋のある帽子が遠くから蛍《ほたる》のように見えた。三ツ庄へ着いて親類の家へ行くと、子供も誰もいなくて、若夫婦が台所の土間で散髪をしていた。小さい犬がわたしの膝《ひざ》へ飛びあがって来た。髪を刈りかけて、若夫婦は吃驚《びっくり》して走って来た。
「とつぜんぞやがのう、どうしたんなア、わしゃ、誰かおもうて吃驚したが喃《のう》」
 尾道でも同じようなことを言われたと云って、わたしは、犬と一緒に庭の中をあっちこっち歩いてみた。
「そりゃアまア、よう来てつかアさった。えっとまア御馳走しやすんで、ゆっくりしとってつかさい喃」
 若い主婦は何からしていいかと云う風に、立ったり坐ったりしている。いかなご[#「いかなご」に傍点]、まて貝[#「まて貝」に傍点]、がどう[#「がどう」に傍点]、そんなものを煮て貰ってたべた。田舎の味がして舌に浸《し》みた。遠くの荒物屋へ風呂を貰いに行って、子供たちとかえりに海へ行ってみた。あんまり森《しん》とした海なので、まるで畳のようだと云うと、子供がこんな黄昏《たそがれ》を鯛なぎ[#「鯛なぎ」に傍点]と云うのだと教えてくれた。鯛が入江へ這入って来る頃は、海が森とな
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