もういちど、メルシ・ビヤン! やつぱり都会の虫は仕様がありません。ボンボンをひとつ口にはふりこんだら、ボンボンのやうな涙がこぼれました。こゝの人達にもお菓子をわけましたが、先生の外は、みんな苦味いと言つてよろこびませんでした。
 海の風景は、私のお部屋に、小学校の先生は、勇兄さまの絵を見て、もう三十を過ぎた方なのに、これから絵を勉強に東京へ出ようかしらと言つてゐました。
 娘さんはせつせと古風なお嫁入りの着物を縫つてゐます。そのそばで弟の方が、誰かに手紙でも書いてゐたのでせう。
「おまへは勉強させてもらつて幸福だでなア、姉ちやアは、着物ばかし縫つて、手紙ひとつ書けねどもさ」
 弟の方は沈黙つて鉛筆を嘗めてゐました。
 姉娘の方は、水つぽい眼をしてぼんやり何か一人ごと言つては針を動かしてゐます。忘れられたやうなこの谷間の風景の中にも、此様な悲しい汚点があるのです。
 シネマなンぞはなほさらのこと、一年に一度か二度の村芝居もみかねる人達が多いのです。だから、勿論、村のうちは、現金なんてはめつたに持つて歩く人はなくて、卵と石油と交換したり、塩鮭と蕎麦粉とかへたり、淋しい村です。
 そのうち
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