よと云つた太々しさで、一日一日が過ぎるのであつた。――だが、二人が顔をつきあはせると何と云ふこともなくすぐわかればなしになつてしまつて、そのわかれ話が、夜更けまで持ちこしになると、たちまち、明日の日は、どこの家よりも店開きが遅くれてしまつて、小さな商ひを逃がす事が度々であつた。
なか子が嘉吉と連れ添つて三年目の夏の初めには、たうとう一台ある自転車にまで手をつけ、売り払つてしまふと、店のなかはひねもの[#「ひねもの」に傍点]屋の陳列場みたいに、がらんとしてしまつて、メリヤスの空箱ばかりが、整然と並べられて、それが、また、妙に、此洋品店の左前を物語つてゐた。
嘉吉は気の小さい男のくせに、意地つ張りで、なか子を家に入れた頃は、その意地つ張りも持ちこたへてゐたが、なか子のやうな女を背負ひこむと、前の女房ではどうやら持ちこたへてゐた商ひが、たちまち、一文商売のやうにつまらなく思へて来て、不図、相場と云ふものに手を出して見たりした。その相場も沢山な資本がないところから、みすみす悪い合百《がふびやく》師にひつかゝつて、すつてんてんになつたり、競馬にも凝り出したが、終ひには、新聞に出てゐる高利の金
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