のを注文されると、ていさいの悪い断りやうをしなければならない程、品物がどうも手薄になつてしまつて、嘉吉の立居ふるまひにどう云ふものか活気がなくなつてゐた。――根からの小商人で、此様な店を出したのも、誰からも助けを受けたわけではなく、云へば、自分一人で造つた身代故、品物が手薄になつた処で誰もとがめる者はなかつたが、それだけに、嘉吉もなか子も、何となく、行末の短じかさを感じるのであつた。
「ねえ、私、もう一度前のお店へ行つて働いてみませうか?」
 何かしら、自分が働きさへすれば、金はすぐ、その日からでも転びこんで来るやうに、何となく昔の水商売をなつかしく考へ、折があつたら、もういちど、女中働きにでも出てみやうかと、風呂屋の帰へりや、八百屋の帰へりなぞに、なか子はそれとなく、お座敷女中入用の広告を見てまはることがあつた。
「莫迦なことを云つちやいけない。自分の年齢を考へて御覧よ。女も二十二三までだよ、そんな処で働くのは‥‥もう二十七八にもなつて、まだ娘みたいな気でゐるのかい?」
 さう云はれると、「どうせ、娘みたいなもンよ、私はまだ子供を生んでないンですもの」と口返答をして、無理には云はない
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