、何でもないやうな容子をしてゐて、案外膳の上には嘉吉の好きなお菜が一二品並び、商売のあつたやうな日なぞは、猫板の上に銚子が乗つてゐることもあつた。どつちかと云へば、嘉吉よりもなか子の方が仲々酒好きで、時々台所で冷酒をひつかけてゐるのを嘉吉は屡々とがめる事があつたが、「わたしは好きぢやないのよ、好きなのは腹の虫なンだから仕方がないわよ」と云つて、夜なぞ酔つたまぎれに寝床へ這入ると、きまつて、お化けだお化けだと唸つてみせた。――本当にお化けが出るのでもなければ、良心がとがめて、架空のお化けを感じて云ふと云ふのでもない。只酒を飲んで、「あゝいゝ気持ちだわ」と云ふことが、何となく亭主の前では憚ばかられて、口の先では、「お化けだよウ」と呶鳴り、心のうちでは牛の舌のやうな奴をべろんと出していゝ気持に、船底枕をごりごりゆすぶつて嘉吉を気味悪るがらせておくのであつた。嘉吉は嘉吉で、隣の寝床で「お化けだお化けだ」と云はれると、何となく、背中が冷たくなるのであつたが、こいつ、照れ隠くしかも知れぬと、云はせたいだけ云はせて森としてゐる。嘉吉が森としてゐると、なか子は「どうだ参いつたか」と、何時の間にか子供の
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