つぱなしで、いくら陽がさゝぬとは云つても埃つぽくなつてしまつて色褪せてゐる。
「おい、なか子、一寸来て御覧、うちの符牒を教へてあげるから‥‥」
なか子が、嘉吉の家へ這入つて二日目であつた。早々と店を閉じてしまふと、レヂスターの横の卓子の上に、マフラアや、ハンカチや襯衣なぞの箱を並べて、うちの符牒は「つるまひおりたよしせ○《マル》」と云ふのだからよく覚えておくといゝと云つて、これはいくらだとか、これはどの位だとか、数理にはうといなか子へ「おる」は五二銭、「つま」は十三銭と早口に言つて応用させてみせるのであつた。
「此符牒は仕入れ値段の符牒だから、これから一割なり二割なり儲うけて云はなけりや駄目[#「駄目」は底本では「黙目」]だよ。先の奴は、何時でも符牒だと云ふことを忘れてしまふて、元々で売つてたことがあつたが、あはてゝ売らぬやうにしなきや駄目[#「駄目」は底本では「黙目」]だ」
さう云つて、二三日は「つるまひおりたよしせ○」を、しつゝこい程、なか子へ尋づねてゐたが、なか子も、その符牒はあんまりひどいと云つて、もう、そんな符牒なんか面倒だと怒り出したことがあつた。なるほど考へてみれば、
前へ
次へ
全32ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング