とを云つて、なか子に後の句をつがせなかつたが、なか子にとつては、それは擽ぐつたい話で、嘉吉が華かであつたからと云つて、別に愉しい思ひをしたわけではなし、なか子にとつてはむしろ地味すぎる位な生活で、四年の間、こんな男の世話になつて、よくも煤けてゐられたものだと考へる。――昔のやうに何でも自由になつてゐたら、と、嘉吉はよく云ひ云ひするけれども、たかゞ一軒立ての洋品屋で、それも大した繁昌とは思はれなかつたし、先妻の亡くなつたぢき後へ這入つて行つたので、なか子のやうな派手な女にとつては、陰気な暮しむきに見えた。先妻の使つてゐた鏡台の前に坐つても、妙に白いお化けが覗きこんで来るやうで仕方がない。――そのお化けの名はつる[#「つる」に傍点]と云つた。嘉吉が三十二で、亡妻のつるが二十九の時に神楽坂の藁店に、いまの小さい洋品店を開いたのだが間口三間ばかりの、北向きの引つこんだ家で、日あたりが悪いせいか、なか子は始めての冬に神経痛で寝ついてしまつた。
 洋品店と云つても、学生相手の安物ばかりで、襯衣とか、靴下とかの小物類が売れてゆく位で、陳列の中の鳥打帽子や、絹ポプリンのY襯衣なぞは、四年の間そこへ飾り
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