んなこと云つて、厭ねヱ‥‥ちやんと、あんなに気持ちよく話しあつて、当分どうにかなるまでつて云つてあるぢやありませんか、――あなただつて、私のやうなものより、いゝ奥さま貰つて、赤ちやんでも出来たら幸せぢやないのウ‥‥」
 嘉吉は起きあがるなり、なか子の胸倉を突いて引き倒ふした。展いた窓から、広告球《アドバルン》がくるくる舞つてなか子の眼へ写つて来る。
 平手打ちを食つて、頬が焼けつくやうであつたが、なか子は泣かなかつた。眼をつぶつて森としてゐた。嘉吉はなか子の上に馬乗りになつてせいせい云つてゐたが、胸を締めてゐた両の手を休めると、お互ひに森となつて、よくお化けだお化けだと云つてゐたことを二人とも不図思ひ出してゐたのだ。
 嘉吉の心の中には溢ふれるやうな暴力的なものもあつたが、最早、分別がつきすぎてゐる。「どうした? 御免よ!」さう云つてなか子の首を抱いて優さしく起こしてやつた。
「男も、こんなになつたらお終ひさ」
「‥‥‥‥」
「帯を締めなほして、早く帰へつた方がいゝぜ」
 嘉吉は窓の手欄に首を垂れて、もしやもしやした頭髪の中へ両手を入れて、狂人のやうに雲埃を払つた。――なか子は、横にな
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