万引してた時のなか子の方が、よつぽど自分の女房らしかつたと思へた。いまは言葉があらたまつたゞけでも、一里や二里の距離は出来たわいと、嘉吉は、なか子の足をゆすぶると、「おい、おい」と小さい声で呼んだ。
「厭よ、何さッ!」なか子は、まるで鷲のやうに荒く身づくろひして吃驚してゐる嘉吉のそばから立ちあがつた。
「帰へるの?」
「えゝこゝにかうしてゐたつて仕方がないぢやないの!」
「‥‥‥‥」
「ねえ、どうすればいゝのさア、――あなた、インバネスどうかしたの?」
「売つちやつた!」
「さう、ま、温くなつたからいゝけど、まるで裸にならない前に、その夜店でも何でもいゝわ、とつゝきなさいよねえ」
「余計なお世話だ!」
「まア! 怒つたの?」
「仕方がないぢやないか、君のやうに浮の空ぢやないよ、あれかこれか、頭が痛くなる程考へてるンだ! 只、別れてしまへば、君はそれで楽々出来るだらうさ、えゝ? 女にやすたり[#「すたり」に傍点]はないからね。――夫婦つてものは、そんなものかねえ、悪くなつたら、わかれてしまつてはいさよならなんて‥‥」
嘉吉は、自分で自分の言葉に沈没して行くのであつた。
「まア、また、そ
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