客を起こしに來ます。雨戸を開けると、硝子玉のはいつた櫛のやうな汽船が沖に止つてゐて、汽笛を鳴らしてゐました、まだ暗いので、船の電氣がキラキラ波に光つて、まるでお月樣が落ちてゐるやうだと、隣室の子供達が云つてゐます。朝、牛乳だけと頼んでおいたのに、牛乳も忘れられて、兎に角波止場へ出ました。東京から來た客を、ハシケで一々運んでから、下田行きの客が乘るのですが、下田行きの客も仲々相當な行列をつくつてゐました。迎へと送りを兼ねて、宿々の客引きが提灯をさげてズラリと波止場へ並んでゐるのですが、會話が面白い。
「××屋で厶います。オヤ素通りか」
「東京の客人は、宵越しの辨當を持つて山へ登るんだから、ガツチリしてゐるよ」
あんなザツパクな人情では、むしろ宵越しの辨當でも持つて御神火を越した方が、よつぽどケンメイだと思ひます。島へ來て、三圓も四圓も出して湯豆腐を食べさせられるに至つてはあきれてしまうより仕方がない。――かうしてふつと憶ひ出してみると、我々にはやつぱり岡田村が素朴でよかつた。村は竹が澤山出來るのか、竹屋さんがかなり澤山ありました。石の段々の途中にコンクリートの雨水を貯めるところがあつて
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