此乘合自動車は、アワイ茶屋と云ふところまで行くのださうですが、昨日の大雨で崖が崩れて通れなく、手前のアジコノ原茶屋と云ふところまで行つてくれましたが、意地の惡い事には亦雨が降り出してしまひました。此茶店まで乘合で二十五錢です。掘立小屋のやうな茶店には繪描きのやうな青年《ひと》がひとりで雨宿りして牛乳を飮んでゐました。
 自動車に乘つてゐる間は、それでも二三人の乘客があるので陽氣に話して來ましたが、ポツンと茶店に降りると、雨の中を二里近く歩くのがおつくうになつて妙に陰氣になつてしまひます。
 牛乳を飮んで、乘り合はせた東京の小官吏らしい人と、トボトボ雨の中を歩いて、濱ぞひの道を行つたのですが、何もかもじめじめして、只砂道を行く私の運動靴だけが白く眼に沁みるきりです。
 やつと、アワイ茶屋に着くと、お八重と云ふ女中が波浮へ電話でも掛けてくれたのか、港屋と云ふハッピを着た宿の若い番頭がむかへに來てくれてゐました。
 さの[#「さの」に傍点]濱を通り間伏《まぶし》へ出ると、此邊から風景が雄大になつで來て、雨も上り陽が照つて來ました。
「波浮はとてものんびりしてゐて、人間が呆んやりいゝ氣持ちにな
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